前田日明イデオロギー

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経営姿勢を問う

2007/10/06 13:57

PRIDEに対する前田日明の発言が波紋を呼んでいるが、そちらに触れる前に秋山復帰について物申しておく。FEG代表取締役である谷川貞治によれば、


●秋山選手同様の反則を犯した場合は6カ月の出場停止処分というルールが新たに作られ、そのルールに当てはめても秋山選手の処分期間はすでに過ぎていること。


●テレビ局側やスポンサー様のご理解が得られたこと。審判団にヒアリングしたところ、秋山選手が十分に反省し、戦う姿勢が十分あり、もう復帰してもいいんじゃないかと意見もあり、


上記2点により復帰ということになったそうだが、あれだけ世間を騒がせた問題を決着させるための根拠方針としては曖昧すぎる。FEGという企業のガードの甘さと、危機管理意識の低さが露呈したといっていいだろう。


前者を言い換えれば、6カ月の出場停止処分を覚悟すれば、クリーム塗布しても復帰が許されるというルールを新設したということになる。そもそもルールというものは、例えば秋山問題という現象が風化した後でも耐えられなければ意味はないのだが、今回設定された内容は甚だしく中途半端である。「悪質な反則行為は永久追放」とし、その反則行為の具体例を明文化した方が、今後の抑止効果は高くなるし、再発した場合にも毅然とした対応ができるはずだ。


後者については結局、スポンサーとテレビ局、本人の態度によって復帰を決定したということだが、わざわざ報道発表までして、ファンの声を聞いたはずの目安箱の扱いがぞんざい過ぎる。企業が社会の公器であるという一面を考えれば、こういった点へ配慮されるのが当然だが、それが簡単に無視されるところに、経営者の稚拙さが見て取れる。


前田日明の発言問題についても、経緯や当事者心情を考えれば、想定しうる内容だったはずである。にもかかわらず、全くセーブがきかない場を設け、その結果現象を発生させてしまったのは主催者側のミスであって、当事者と話し合っても解決などしない。


日本の格闘議界は実質的に寡占状態になっており、本人の意識がどうあるかは別として“FEGの代表取締役”である谷川貞治が負うべき責任は大きい。いつまでも雑誌編集長レベルの意識でいてもらっては困るのである。

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カクトウログへの回答

2007/07/16 06:56

●カクトウログ
秋山成勲復帰問題を考える


変節という言葉の使い方と根本的な論理構成に誤りがあるが、ここではそれを捨て置く。



> 前田日明イデオロギーさんは、前田自身が秋山復帰を是と発信している中でどのようにお考えなのでしょうか?



前田日明は秋山復帰を是としている“だけ”ではないのだが、そこが見落とされる、もしくは充分に掘り下げられないところに、この業界(主催者、マスコミ、ファン)の本質的な問題がある。
筆者は、秋山問題発生時より一貫して『当事者よりもむしろ主催者に問題あり』という見解を持っており、その見解に従って取り得る行動を選択している。
そのうえで主催者が復帰を認めるのであれば今のところなす術がないが、その結果に対しては改めて反応し、行動していく。


なお、問題に対し見解を示すのに、格闘技やスポーツ、プロレスの定義をあれこれイジるのは、紙プロの常連になり始めたころの前田日明がインタビュアーに対して激昂したように“言葉遊び”に過ぎない。


カクトウログ執筆者の見解は“プロレス的観点から秋山復帰を受け入れる”のだと思われるが、それについて“秋山超え”“スッキリしない”と曖昧に表現する一方で、同一文章中に真逆の見解である“許せない”という強い否定表現を混在させている。
単純に論旨展開・文章表現が下手糞なのならば仕方がないが、意図的にどっちつかずの文章を作成し、市場およびファンを混乱させているのであれば、同ブログの影響度を考えると、悪質であると断じざるを得ない。


主題を曖昧にすることを“謎かけ”と言い換える方法論がプロレス的文章の特徴であるが、それは報道でもなければ主張でもなく、自己満足の言論である。

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田村の営業活動。迎合するファン

2007/07/14 12:53

予想していたとおり、典型的なプロレスファンブログ現象が発生。


●カクトウログ
「田村潔司「ヌルヌルでも構わん」秋山成勲戦で最後の大勝負へ」


タイトルは田村のコメントになっているが、引用文を見れば執筆者自身がこの件を歓迎していることは明白。



> そのために、秋山成勲戦は他の誰にも譲れない。
> リングス時代、オイル塗布の外国人ファイターとも闘ってきた田村のことだ。
> 極端に言えば、「ヌルヌル状態の秋山」に勝つことこそが、桜庭の仇討ちともなるし、桜庭超えともなる。



そもそもカクトウログは『格闘家としてあるまじき不正行為を行った秋山を許すな』という主張を展開していた。ならば、秋山戦を利用しようとしている田村に対しても批判的にとらえるのが筋である。


余談であるが、ある時期以降の田村は、自分の知名度や存在価値を、他ブランドを利用して補う傾向が見える。一時期のUWFや、今回のHERO'S参戦におけるPRIDEという名称の使い方がそれだが、秋山への絡みも田村なりの営業効果を考えての行動だろう。それを全面的に否定はしないが、あまりやり過ぎるとハナにつくのも事実。


本論に戻る。


ファンとして、秋山の件が許せないのであれば、それを使おうとする主催者、それと戦おうとする選手をも批判しなければならない。格闘技ファンを辞めるのも、会場で野次やブーイングで感情表現をするのも、文章を公開するのも批判のあり方である。共通して言えるのは、批判を具体的な行動とする場合は、何らかの代償が発生する、もしくは発生するリスクを負わねばならないということだ。ファンを辞める場合は、趣味を一つ失う。全く制御することなく会場で感情表現をした場合、退場させられる可能性がある。そして文章を公開する場合は、いわゆる“文責”を負わねばならない。
“文責”を負う、とは自分が過去に書いた文章に対して責任を果たすということだ。文章として公表した以上、考え方や主張が変節する場合は、その経緯と根拠を示さなければならない。


一連の秋山事件の流れの中で筆者が辟易とさせられたのは、プロレス・格闘技関連ブログ執筆者の“文責”に対する自覚の無さである。秋山側、HERO'S側の発表コメントには罵詈雑言を浴びせる一方、別の立場の人間が同じ内容を言った場合は、一転して諸手を上げて歓迎する。今回の田村の発言内容は、本質的にHERO'S側の発表と全く同じものであるにも関わらず、その受け止め方の変貌ぶりはどうだろう。


再引用となるが、同じカクトウログの、10日前後で発表された以下のエントリーを見比べると、その変節ぶりに愕然とさせられる。



「柴田勝頼、グレイシー狩りへ出陣! 秋山成勲は早ければ9月に復帰へ」(2007.07.02)


> そして、秋山成勲についての主催者側の見解が発表された。
> 何を言われようと、秋山の復帰は「スポーツとしては」許されない。
> あの一戦。滑ってふだん掴めるものが掴めないのだから、桜庭が命にかかわるような想定外の負傷を背負うことだってあり得たのだから。



「田村潔司「ヌルヌルでも構わん」秋山成勲戦で最後の大勝負へ」(2007.07.13)


> そのために、秋山成勲戦は他の誰にも譲れない。
> リングス時代、オイル塗布の外国人ファイターとも闘ってきた田村のことだ。
> 極端に言えば、「ヌルヌル状態の秋山」に勝つことこそが、桜庭の仇討ちともなるし、桜庭超えともなる。


> SADAMEを逃すな。頂を目指し続けろ。KAMIKAZEを吹かせろ。



田村が良いと言えば“命にかかわるような想定外の負傷を背負うことだってある得るヌルヌル”は許されるのか?その試合を許容するのが正しいファンのあり方なのか?SADAMEとは何か??頂とは?KAMIKAZEとは?


口舌の刃で人を斬っておきながら、都合よく純真無垢な存在に戻ってしまうプロレスファンは、ある意味でペンゴロやペンチンピラ(10年以上前に前田日明が定義した取材をしないで記事を書くプロレスマスコミの呼称)よりも悪質である。

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目安箱という名の隠れ蓑

2007/07/07 20:58

HERO'S会場に設置されるという目安箱は、主催者の責任回避策=意思決定にファンを織り込むことで後に予想されるバッシングへの抗弁材料を作るプロセスにすぎない。集計結果に説得力を持たせるには、運動会の玉入れ並に透明性のある開票方法を取らねばならないだろう。主催者が企業としてどんな“大人の対応”を見せてくれるのか。監査的視点で見守りたい。


また手前勝手な勘違い論を発信しているブログを発見。


●沢里尊の言葉のプロレス
「秋山成勲まさかの復帰」


自称“言論マジシャン”ということだが、その割には全くロジックが組み立てられていない。例えば下記の部分。


> 前田日明スーパーバイザーの話だと、十分社会的な制裁を受け、本人も反省している場合は、それ以上攻撃するのは間違っていると。
> 一見正論にも聞こえるが、例えば飲酒運転の加害者には、この理論は当てはまらない。
> 問題は秋山のしたことが、どれだけ重いのか、それとも、1年立たずに許されるくらい軽いものなのか。ここが焦点だと思う。


飲酒運転の加害者・・・?理論が当てはまるかどうかという以前に、複合事故の有無により事件の性質が異なってしまうため、対象が特定できない。


また“主催者側の責任”という要素が、前田日明のコメントからも、その後に続く回顧録からも抜け落ちている。これでは事実が正しく伝わらない。


自分達を美化↓し、


> 桜庭ファンとプロレスファン、さらにはインチキを嫌う格闘技ファンは激怒した。


安直な対立概念↓を結論としているが、


> ピーター・アーツがボブ・サップを26秒で葬り去ったように、制裁マッチを務められるのはだれか。
> HERO'Sのヒーローになれる絶好のチャンスだ。


伝達ツールとしての文章のあり方を今一度見直した方が良いと思われる。

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あえて曝す。

2007/07/06 00:46

秋山の復帰について、各ブログが反応している。
事件当時のヒステリックな状況を考えれば当然の反応であり、主催者側も想定していただろうが、筆者が辟易とする“プロレスファン”の一面がまたもや散見される。
執拗な個人攻撃と、そこに織り込まれた自分勝手な妄想や勘違いを放置するのもいかがなものかと思うため、ブログ名を特定し、批判する。


●再々復活 不肖四十路男の徒然なる日記
「もう許すのかよ! 」


見損なった、とあるが、本稿を読む限り執筆者は前田日明を元々評価していないのだから“見損なう”は用法として不適切であろう。
また本文についても、情報収集力不足を思い込みで保管しているのが読み取れ、執筆者のプロファイルがブログタイトル通りとするならば、あまりに稚拙すぎる文章である。


「プロ格闘家としての善悪が理解できていない・・・ 」
論点がまったくもって不明瞭である。
以下はどうやら対長州顔面蹴撃についての記述らしいが、初読で理解できる者はほとんどいないのではないか。


> 相手を信頼してパフォーマンスするレスラーに対して、
> 何の前触れもなくリアルに蹴り込むとは格闘技者として失格である。


●断想
「早すぎる秋山の復帰」


後半は執筆者の妄言、前半は根拠の無い在日批判。ネットユーザーの声なるものが、オンライン上に流出したこのような駄文の集積だとするならば、筆者はそこに何の価値も見出せない。


●カクトウログ
「柴田勝頼、グレイシー狩りへ出陣! 秋山成勲は早ければ9月に復帰へ」


発言責任が来訪者数に比例すると考えれば、上述した2ブログより悪質である。


> 何を言われようと、秋山の復帰は「スポーツとしては」許されない。


ではいったい、何ならば許されるのか?わざわざ強調する意図が不明確。プロレス的演出効果を狙っているとするならば、本テーマは不適切であろう。


> 一方で、秋山超えを“プロレス側”が果たさないかぎりスッキリしないとも正直思う。


秋山超えとはいったい・・・?何をどう超えるというのだろうか。


> 「ファンの夢を背負って闘う」プロレスラーに甘えすぎの見解なんであるが、どん底から立ち上がっていく姿にボクらは何度も勇気づけられた。
> 立ち上がるのは、やはり桜庭和志か。 金原弘光? 田村潔司? 柴田勝頼?


誰がどん底に落ちたのか?桜庭だとするならばそれは本人に失礼であるし、金原や田村が怒りの感情を発したとしても、それを“どん底から立ち上がる”とするのは全然ピンとこない。柴田はさらに遠い。


執筆者が真剣に表現するならば、そのスタンスと論理を端的に表現すれば良い。文章におかしな含みを持たせているのは、シーンに動きがあった場合に都合よく乗ろうとしているからだ。それは言うなれば、芸能レポーター的、エンタテインメント的“真剣”さである。

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